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[旅の日記]

大井川鐵道 

 今日は静岡県のローカル線-大井川鐵道の旅です。
以前から一度は乗ってみたいと思っていたのですが、東京と大阪との行き来はあっても、静岡は通過駅でしかないのです。
今回意を決して静岡、それも金谷への旅を断行しました。

 朝辿り着いたのは、大井川鐵道の新金谷駅です。
大井川鐡道の車両基地があり、SLや今や廃車となった車両が無造作に置かれており、鉄道ファンでない私でも心穏やかではありません。
荷物を預けて、切符を買わなければならないのに、ついついカメラ片手に車両基地脇の線路に駆け寄ってしまいます。
そうこうしているうちに、列車到着の10分前の改札開始のアナウンスが聞こえてきました。
あわてて、昼の弁当を買い込みホームに入ったのです。

 ホームには、南海電気鉄道から払い下げられた車両が入っています。
南海当時に高野山を走っていた流線型をした急行電車「ズームカー」は、高校時代に通学に使っていた懐かしい車両です。
曲がりくねった山間部を走るように作られたこの車両は、車体の長さが短く急勾配を走るための力強いモータが搭載されています。
南海の車両が気になりながらも、本来乗る列車をワクワクしながら待ちます。
実は大井川鐡道にはSLが走っており、せっかく来たのだから乗ってみようと、予め予約しておいたのです。
黒煙を上げて隣の金谷駅から入ってきたのは、C11の機関車です。
紺やこげ茶の旧国鉄の客車に乗り込んだのでした。

 リクライニングシートなんかない車両は、当時のままのレトロな姿です(さすがに木製の椅子ではなかったですが)
愉快なおばちゃん車掌さんの楽しい案内付きで、列車は終点の千頭駅まで1時間弱の旅です。
時速30km/hで煙を吐きながらのどかに走るSLですが、車掌さんのハーモニカ演奏にも誘われて、車内は大はしゃぎです。
沿線にはトンネルが多く、どこかの席の窓が開いているのか炭臭さが漏れてきます。
車窓はやがて茶畑に変わり、本場の静岡茶を思い起こします。
12時にはちょっと早いかもしれませんが、先ほど慌てて買った弁当を広げます。
おにぎりと里芋田楽、タケノコの旨煮、小エビの佃煮、そして山女の甘露煮と、ちょっと懐かしさの漂うメニューです。
笹の葉を模した弁当の包み紙も、風情があります。
そんな中でもお茶の味のするおにぎりは、非常に美味しく頂くことができました。

 終点の千頭駅に着くと、わずかの待ち時間を利用してSL博物館に立ち寄ります。
SLのプレート、チップ切り等の道具が展示されています。
SLが走るジオラマは、世間の眼がなければ童心に戻り実際にSLを運転操作してみたかったもののひとつです。
建物の外には、各社からの払下げ車両が並んでいます。
これを眺めて廻るだけでもけっこ楽しい私は、ひょっとしたら隠れた鉄道ファンなのかもしれません。

 ここからは、南アルプスあぷとラインに乗換えます。
ところが台風による落石で、奥泉駅まではバスによる代替輸送が実施されていました。
バスを奥泉駅で降り、線路から少し高く盛られたホームで列車を待ちます。
やってきたのは小型のトロッコ列車で、社内は頭をかがめて歩かなければなりません。
南アルプスあぷとラインは、富士電力(現中部電力)が寸又川に発電所建設のため専用線を作ったのが始まりで、これが後の千頭森林鉄道、そして現南アルプスあぷとライン(大井川鐵道井川線)へと引き継がれていきます。
車窓からは、大井川の流れと水面に鏡のように反射した上下2つの泉大橋が見えます。
列車は次の駅、アプトいちしろ駅でしばらく停止します。

 アプトいちしろ駅から次の長島ダムまでの区間は「アプト」の名が示すように、1本の線路の中央にギザギザの歯形をしたラックレールが敷かれています。
そして、列車は歯車型のピニオンギアをこのラックレールに当てながら滑らずに力強く急勾配を登るのです。
この先の長島ダムを建設した際、それまで使っていた線路がダムの底に埋まったために、列車の線路はダムを避けるように走った結果、1000分の90という日本一の急な勾配となったのです。
アプトいちしろ駅では、アプト式軌道車を連結しブレーキのテストをする間停車します。
そしていよいよ発車。発車時には便所に人が残っていないかを車掌さんが走りまわって見廻ります。
重い車体をゆっくりと列車は走り出します。
歯車の音や振動があるのかと思っていたのですが、そんなものは少しも感じることなく走ります。
1区間を走り終え、長島ダム駅では軌道車を切り離します。
列車は井川駅まで進むのですが、時間のない私はここで反対側のホームですれ違いに待機している列車に乗換えます。
反対側のホームに渡る踏切がちょうど軌道車と客車の間にあったおかげで、軌道車が切り離す様を眼の前でじっくり見ることができました。
帰りのホームでは今乗ってきたばかりの軌道車をつなぎ直しますので、アプト式列車に乗ってみたいという今回の大きな目的を、絶好の場所で2度も観覧できたわけです。

 千頭駅まで戻り、そこからは金谷駅まで普通電車でののんびり旅行です。
各社の払下げ車体を集める大井川鐵道ですから、どの電車に乗れるのかというワクワクした楽しみがあります。
今回は近畿日本鉄道(通称近鉄)のビスターカーです。
日本の鉄道の軌道の広さは2種類あり、新幹線に代表される広軌道のものと、JR線が使っている狭軌道のものがあります。
近鉄は広軌道なのですが、近鉄の中でも阿倍野から延びる南大阪線だけは狭軌道なので、どうやらそこからやってきた車両のようです。
ドアがワンマンバスの降り口のように、2枚に折りたたまれて開くのが特徴です。
特急で使われている車両ですから、座席の座り心地は申し分ありません。
やがて暮れていく夕日を眺めながら、のんびりと車窓を楽しみます。
塩郷駅を過ぎたところでは、いつしか渡ったことのある吊り橋を下から覗き込みます。
そして新金谷駅に着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていました。

 新金谷駅で用事があったので電車を降ります。
大井川鐵道の昔の駅舎を再現して展示しているのです。
鉄道三昧にしばし酔いします。
そして我に返って気付いたのが、次の金谷行きの電車は1時間もあと。
いずれの電車に乗ったとしても、金谷駅ではJR東海道線の浜松方面への連絡には30分も待たされるのです。
それならば、新金谷から金谷までを歩けばいいじゃない。
うまくいけば、今まで乗ってきた電車が乗り継ぐJR線に間に合うのでは、といつもの懲りない単純な発想が頭に浮かびます。
結果は思った通りに間に合ったのですが、暗くなった新金谷〜金谷間の道路はいくらバス通りとはいえ、灯りのない真っ暗の道です。
持っていたノートPCの画面を開き、その明かりと電子地図片手になんとか辿り着いたことを最後に報告しておきます。

 
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