にっぽんの旅 信越 長野 奈良井

[旅の日記]

中山道の宿場町 奈良井宿 

 長野の奈良井に来ています。
JRの宣伝用のポスターで古風な奈良井の街並みを知り、いつかは訪れてみたいと思っていたところです。 今回やっとその望みが叶う時が来たのです。


 JR中央線の奈良井駅の駅舎は、木造で趣のある造りをしています。
そして目的の奈良井宿は、駅前から1kmの範囲で広がっています。
早速、駅前を通る中山道を歩いて奈良井宿を巡ることにしましょう。

 塩尻市に位置する奈良井宿は、中山道六十九次の江戸から数えて34番目の宿場です。
標高900mを越える場所にあって、木曽路十一宿の中では最も高いところにあります。
この集落には409軒の家があり、そのうち本陣が1軒、脇本陣が1軒、そして5軒の旅籠があります。
駅の近くの下町から順に中町、上町と歩いて行きます。
古い街並みが続き、情緒のある町です。

 「上問屋史料館」では、古文書や漆器などを展示しています。
問屋とは馬や人足を備えておき、大名や旅行者に貸し出すための場所です。
中山道の中でも木曽路十一宿には、1宿当たり25人の人足と25頭の馬がいたとされています。

 それではここで、食事としましょう。
信州でぜひ食べたかったのが、「そばがき」です。
「そばがき」とは蕎麦粉を熱湯でこねて餅状にした食べ物で、蕎麦よりしっかりとした蕎麦の実の味を楽しめます。
通常の蕎麦も嬉しいのですが、「そばがき」はその集約版とでも言えばよいでしょうか。
蕎麦の濃い味が口の中に広がります。
蕎麦と同じようにねぎとワサビなどの薬味を入れると、一層食べやすくなります。
そして蕎麦と並んで欠かせないのが、五平餅です。
五平餅と言えばわらじ型の餅を思い浮かべますが、ここの五平餅は団子のような丸い形に米を固めたものです。
一般に知られる醤油味のタレではなく、胡麻やクルミをすりつぶして作ったものを掛けて食べます。
それぞれのタレが違った味をしており、色合いも良い食べ物になっています。

 中町と上町の間には、「鍵の手」と呼ばれる街道が直角に曲がっている箇所があります。
これは敵が攻めてきたときに、道を曲げて敵の侵入を遅らせたり見通しが効かなくなるように作られたものです。
城の通路に見られる「枡形」と同じ働きをします。
「鍵の手」の角には小さな鳥居があり、ここに「荒沢不動尊」のお堂があります。
地面には、雪がまだ融けきれずに残っています。

 漆櫛の商いをしていた「中村邸」は、典型的な民家造りの家です。
1873年に起こった奈良井宿の大火がありますが、その直後に建てられ現在まで至る由緒ある建物です。
昔のままの姿で残されており、現在は資料館として公開されています。
脇の小さな引き戸から、腰をかがめて入っていきます。
1階は商人の家屋らしく通りから客を通す部屋があり、奥に行くほど家主一家の居住地になっています。
2階にも上がることができ、ミネバリの木で造られたいろいろな櫛が飾られており、漆櫛の問屋であったことが判ります。
創始者の中村恵吉は下伊那郡清内路村で櫛挽きの技術を習得し、奈良井に持ち帰ってきます。
漆を塗った櫛を創り、大成功を収めます。
街道を旅する人の手軽な土産として、全国に知れ渡るようになったのです。

 この「中村邸」で教えてもらったのですが、街道の家々に備わる1階と2階の間のひさしは奈良井独特のものだということです。
「鎧庇(よろいひさし)」と呼ばれるもので、特殊な構造になっています。
家から通りに向けて直角に張り出した「猿頭」と呼ばれる桟木に、ひさしになる広い板を打ち付けます。
横から見ると何匹化のサルが連なっているように見えることから、「猿頭」という名がついています。
通常はひさし板には釘を上から打つところを、奈良井では下から上に向かって釘を止めていきます。
釘を下から打つのは、ひさしに泥棒が乗ったときにひさしもろとも落ちるようにするためです。
そしてひさしは補強のために、「鎧庇」を支えるための鉄板をねじってひも状に作った金具で上から吊るしています。
「猿頭」や「鎧庇」そして吊り金具の美しさが、目を引きます。
見渡してみると、どの家のひさしも下から釘を打ち、独特の「猿頭」の意匠を競い合っています。

 やがて街道が、上り坂にさしかかってきました。 途中の街道沿いにも水場を見かけましたが、ここにも水場があります。
奈良井宿には合計6ヶ所の水場があり、湧き出す水の豊富なことが判ります。
そして水場の奥には「高札場」があり、幕府が出した掟書が木の板札として掲げられています。
この辺りは奈良井宿の端付近で、ここまで来ると民家や商家はなくなります。

 そして奈良井宿の西の端には、朱色の拝殿が鮮やかな「鎮神社」があります。
昔、奈良井宿に疫病が流行ったことがありました。
このときに、疫病を鎮めるために千葉県香取神社から主神をまねいて祭祀を始めたのがこの神社です。
今でも8月11〜12日には、氏子総出による盛大な例祭がとりおこなわれています。

 その先は、杉並木に覆われた中山道が続きます。
日陰になるところの足元には、雪が融けずに残っています。
道の左右に樹齢数百年の杉の大樹が続く並木道です。
昔の人々はこの道を通って旅をしたことでしょう。

 ここまで来てしまうと、折り返して駅に向かって戻ってみましょう。
途中の店では、「おやき」が売られています。
蕎麦粉や小麦粉を練って作った皮で、具をくるんで焼きます。
中に入っている具は様々で味噌や野菜などがあり、好きなものを選びます。
せっかく信州に来ているのですから、こちらの名物の野沢菜が入った「おやき」をいただくことにします。
皮の中の野沢菜は焼かれてしっとりしていながらも、菜っ葉の味をしっかりと主張しています。
美味しくいただいたのでした。

 奈良井駅を目の前にした場所で、街道から逸れて線路の下を潜って行きます。
その先には奈良井川に架かる「木曽の大橋」があり、総檜造りの立派な太鼓橋なのです。
橋脚を持たない橋で、檜を組んで造るアーチ状の形は、美しさが光る建造物です。
橋の駅側には、芝生公園も整備されています。

 春も真近なのにまだまだ底冷えがする奈良井で、古い街並みを満喫した1日でした。

     
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