にっぽんの旅 近畿 大阪 摂津

[旅の日記]

鳥飼車両基地と万博公園 

 大阪モノレールの摂津駅に来ています。
大阪モノレールは、門真から万博公園を通って大阪空港までの大阪の北側を半円を描くように走っています。
1990年に千里中央〜南茨木が開業した、比較的新しい鉄道です。
28kmのモノレールとしての営業距離は、一時はギネス世界一に認定されたほどのものです。
まだ先のことですが、2029年には南側の瓜生までが開通する予定です。
さらには堺まで延びる計画もありますが、あくまでも構想の範囲で今はどうなったことでしょう。

 摂津駅からは、軌道沿いに南下します。
摂津市役所を左手に見ながら、その先の安威川を越えます。
ここで川沿いに川上に数百m入ったところに、「新幹線公園」があります。
0系と呼ばれる、初代の東海道新幹線が展示されています。
現在の新幹線は空気抵抗を抑えるために奇抜ともいえる形に先頭車体も変化してきましたが、0系は素直な流線型の美しい姿をしています。
普通車の座席の配置が、東京から大阪に向かって左側は3列であるのに対して右側は2列と左右不均等になったのも、この時からです。
今となっては当たり前になってしまいましたが、左右アンバランスな座席配置は変わった発想でした。
また当時は食堂車が連結されており、かなり高めの料金設定だったにもかかわらず、旅の解放感から利用したことも思い出します。
高速化で乗車時間が短縮したことにより、食堂車は廃止されてしまいました。
そんな懐かしい思いが、頭をよぎります。

 公園の隣は「大阪貨物ターミナル駅」で、多くの貨車が停まっています。
巨大なフォークリフトが行き交い、ここでコンテナの積み下ろしをしています。
軌道幅が違うので新幹線の線路を走るわけでもないのですが、新幹線の車両基地に隣接したこの場所に貨物ターミナルもあります。

 そして「新幹線公園」とは「大阪貨物ターミナル駅」を挟んだ反対側に、「鳥飼車両基地」があります。
運用に加わっていない車両が、ここで休んでいます。
二重の柵で囲まれ入り口には警備員が見張っていますので近付くことができませんが、新幹線の先頭部分が横一列に並ぶ姿は見るだけでもワクワクします。
高速鉄道であるが故の信号を持たない運用も、日本独自の運行システムです。
すぐ隣には営業運転の新幹線の高架があり、高い音を立てながら新幹線がひっきりなしに通り過ぎます。
都会の在来線のように数分おきのダイヤでありながら事故を起こさない運用体制と技術力の高さには、頭が下がります。

 思い切り童心に返ったところで、次なる場所へモノレールで移動します。
「万博記念公園」駅は、言わずとしてた大阪万国博覧会(略して万博)の会場だった場所です。
1970年に「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、77ヵ国が参加して開催された国際博覧会です。
330haの広大な土地に5000万人が集う、高度経済成長の日本に象徴的なイベントでした。
会期中の迷子の数が22万人ということですから、規模の大きさと混雑ぶりが判ります。
アメリカ館やソ連館のパビリオンは長蛇の列で、何時間も並んでやっと入れるといった状態でした。
そこまでしてもアポロ12号が持ち帰った月の石を見たのでした。
会場の中心の「お祭り広場」に、万博のシンボルとして建っていたのが「太陽の塔」です。
人のような顔と手をもった物体で、奇妙な形をしている芸術作品です。
今では広場の屋根は取り壊されてありませんが、「太陽の塔」だけが残されています。
広い敷地には鉄鋼館を残してその他のパビリオンは残っていませんが、跡地は日本庭園をもち緑豊かな「万博記念公園」や「万博記念競技場」をはじめとするスポーツ施設、そして複合施設の「エキスポシティ」に生まれ変わって活用されています。

 懐かしい初代新幹線、そして高度経済期の大阪万博と、大阪モノレール沿いの懐かしいものを巡る1日でした。
まだまだ探せば、懐かしいものが身近にひっそりと残っているのではないでしょうか。

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