[旅の日記]
古きとディープな阿倍野 
本日は阿倍野を散策します。
別途紹介した天王寺とは目と鼻の先で、天王寺の南に広がるのが阿倍野です。
駅名ではあびこ筋を挟んで北にあるJRは天王寺駅、南の近鉄電車は阿倍野橋駅、そして阪堺電車は天王寺駅前駅です。
そしてその真ん中の道路の下の地下鉄は天王寺駅で、訳が分からなくなってしまいます。
確かに地名ではあびこ筋の北側が天王寺区、南側が阿倍野区と行政機関が分かれていますが、駅名はどちらも同義語として使われています。
さて、その阿倍野橋駅にある「あべのハルカス」が、今日の開始地点です。
ここから路面電車の阪堺電車に沿って南に下っていきます。
駅名でいえば東天下茶屋駅辺りまで行くのですが、その途中に少し怪しいところに足を運びます。
阿倍野電停から西に逸れ、西成区に入ります。
ここにあるのが「鯛よし百番」で飛田新地の南端にあります。
大正建築の建物で、昔の遊郭を利用した料亭です。
ところが、そこに行くまでの町の様子が、なにか変です。
女性の名前を掲げた家が並び、扉の空いている玄関には薄い着物を身に着けた色っぽい女性が座り、こちらを覗いて微笑んでいます。
へぇー、今でもこんな光景ってあるんだ。
横で門番をしているおばちゃからは「にいちゃん、寄って行ったら」と声をかけられますが、現在からかけ離れた町の風景に困惑してそれどころではありません。
本当は詳しく伝えたいのですが、写真を撮ることも許されず、足早に町を後にしたのでした。
再び阿倍野電停に戻ってきました。
道路の真ん中をガタゴトと電車が走るあべの筋を南下して行きます。
松虫電停のところで、阪堺電車は交通量の多い路面から専用軌道に入ります。
起動が線路になっても、のんびりした電車には変わりありません。
その次の東天下茶屋電停で北方向を見ると、その先に「あべのハルカス」を望むことができます。

さてここ東天下茶屋には、興味ある神社があるのです。
「安倍晴明神社」は、平安時代の陰陽師 安倍晴明公を祀った神社です。
豪族 阿倍氏の子孫である安倍保名と和泉国の信太明神の神使である葛之葉姫との間に生まれたのが晴明です。
「葛之葉子別れ」の伝説によると、ここ阿倍野で生まれたとされています。
白狐であった母親から智慧の玉を譲り受け、竜宮を訪れたて竜王から秘薬を授けられます。
これにより動物の言葉が聞き取れる不思議な能力を持ったとされます。
晴明は陰陽道を学び、天才陰陽師として世を動かすまでに政治の世界にも君臨したのでした。
晴明が亡くなった2年後の1007年に彼の死を惜しみ、花山法皇の命によりが「安倍晴明神社」が創建されたのでした。
その先にあるのは「阿倍王子神社」です。
仁徳天皇の創建とされていますが、一説には阿倍氏の創建とも伝えられます。
平安時代には淳和天皇の勅命にて、弘法大師空海が疫病退散の祈祷を行いました。
平安後期の熊野信仰が興隆すると、京都より和歌山に至る道筋に熊野九十九王子と称される多くの王子社が造られましたが、ここもそのひとつです。
境内には樹齢6600年の楠の大木が神社を守っています。
この辺りには昔の街並みが残っています。
あびこ筋から一筋入ると、そこにはのどかな生活があります。
家の玄関が間近に迫った細い路地を通り抜けて行きます。
再びあびこ筋にでたところに、懐かしいドーナツ屋があります。
飾り気のない昔ながらのドーナツを買って、ここで小腹を満たします。
ここから「王子本通商店街」を東に向けて地下鉄御堂筋線の昭和町駅まで歩くことにします。
昭和町にも戦災を免れた家が残っています。
「金魚カフェ」もそのひとつです。
古民家風の建物が喫茶店になっており、興味が湧きます。
金魚の泳ぐ水槽を奥に進むと、そこは異次元の世界です。
店内には昔の絵や人形が並んでおり、どこかにタイムスリップしたかのようです。
昭和町駅の近くには、昔ながらの長屋が残っています。
「寺西家阿倍野長屋」です。
1932年に建築された木造瓦葺2階建の4軒長屋です。
建築当初から都市ガスが整備されており、ガス風呂が整備されていた近代的な建物でした。
今は飲食店に姿を変えていますが、修復されながら使われ続けている現役の建物です。
阿倍野橋から東天下茶屋、そして昭和町と古きを残す大阪でした。
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