にっぽんの旅 近畿 奈良 洞川

[旅の日記]

洞川温泉 

 本日の旅の舞台は、奈良の洞川温泉です。
吉野の南、大峰山に続く天川村の山間に「洞川温泉」はあります。
世間が残暑厳しいこの時期でも、心地よい涼しさがここにはあります。

 女人禁制の大峰山は修行の場として知られ、その行者が山籠もりする前に宿泊するための拠点として「洞川温泉」は栄えました。
歴史ある和風木造建築の旅館が軒を並べ、宿泊施設は今でも20数軒が営業しています。
2階の客室はつづきの広い部屋で、手すり越しに通りを眺めることができます。
夜になると提灯の火が灯る温泉街は、風情があります。
左右の旅館を眺めながら、温泉街の通りを歩いて行きます。

 また温泉街の通りのあちらこちらに、「陀羅尼介丸(だらにすけ)」の文字を眼にします。
これは昔ながらの和薬で、オウバクの皮を煮詰めて作る胃腸薬です。
姿形は見るからにまずそうな、真っ黒い色をした丸薬です。
7世紀末に疫病が大流行した際に、役行者がこの薬を作り多くの人を助けたとされており、今でも20軒ほどが製造しています。
苦みがあり、僧侶が陀羅尼を唱えるときに口に含んで眠気を防いだとも言われています。


 道の右側には「清滝稲荷大明神」の鳥居があります。
洞川地区に鎮座する稲荷神社で、社には狐が祀られています。
しかし旅館や土産物屋で賑わうのも、ここまでです。
その先は杉林の中の一本道を進んでいきます。

 次に目にするのが、「蛇之倉七尾山」です。
山門の大きな柱に、圧倒されます。
古来から大蛇が棲息しており、入る人もなくて蛇の倉と呼ばれていました。
八大龍王の一神である晃成龍神をともなった由縁の霊山でです。
今では大峰山のお坊さんたちが修行をする場となっています。

 その先少し進んだところに、「ごろごろ水」はありました。
清水が湧き出る場所で、水源は鉄の柵で囲まれています。
水は近くの駐車場まで配管が引かれ、駐車場の脇には蛇口が並んでいます。
蛇口をひねると誰でもいくらでも水を汲むことができます。
業者でしょうか、軽トラいっぱいにペットボトルを積み、水を汲んでいます。
大峰山の名水として、通販でも広く売られているのです。

 さてここから山に入って行きます。
「五代松鍾乳洞」ということるに、モノレールに乗って出かけます。
モノレールというと聞こえがいいですが、みかん山などで見かける荷物を運ぶ台車です。
それに人が乗り、34度を超える急勾配を登って行くのです。
モノレールは苔むした杉林で木の間を縫うように走ります。
いつエンジンが止ってもいいように、飛び降りる準備をしてのハラハラの乗車です。

 終点駅の前が、「五代松鍾乳洞」の入口です。
ヘルメットを着けて、10人ほどがガイド付きで中に入ります。
ここは赤井五代松翁が1929年に発見し、私財をつぎ込み10余年の歳月をかけて完成させたものです。
こじんまりとした鍾乳洞ですが、狭い隙間をかがみながら進んでいくところは、広々とした鍾乳洞では味わえない体験です。
途中2ヶ所で中が開けたところがあります。
ここでガイドのおっちゃんの説明を聞きます。
上からの雫で下に伸びる鍾乳石と、地面に垂れた雫で徐々に上に伸びる鍾乳石で、鍾乳洞が形成されていきます。

     

 鍾乳洞見学を終え、今度は徒歩で山を下ります。
滑らないように気を付けながら、山道に造られた階段を1歩ずつ降りて行きます。
わずか10分ほどでしたが、「ごろごろ水」駐車場が見えた時には正直ホッとしたのでした。

 ここからは折り返して、温泉街に戻ります。
同じ道を戻ってもつまらないので、山上川の川辺の道を歩いて行きます。
そこには「蟷螂(とうろう)の岩屋」と呼ばれる場所があります。
大峯開山の際に行者が住まいとして修行をしていた洞窟です。
蟷螂はカマキリとも読み、天井の低い洞窟へ腰を屈めて入って行く様子がカマキリの姿に似ていることから、こう呼ばれています。

 山上川には、白い石が転がっています。
割れ目からは粗い結晶が顔を出し、陽が反射してキラキラ光って見えます。
ちょうど「エコミュージアムセンター」があり、そこにも白い石が飾られていました。
どうやら「結晶質石灰岩」と呼ばれるものらすく、純粋な石灰岩のようです。
方解石を含む変成岩のひとつで、大理石がこれに当たります。

 ここからは川を渡り、一旦は元来た旅館街に入り昭和の風情を楽しみます。
そして再び川向こうの通りに移ります。
「山上ヶ岳歴史博物館」では、大峯山の山頂近くにある「大峯山寺」の資料が展示されています。
7世紀末に創建された「大峯山寺」を解体修理した際に、多くの資料が発見されました。
「山上の正倉院」とも呼ばれ世界遺産にも選定された「大峯山寺」には、藤原道長による奉献品も見つかっています。
大峯山での修行に関する資料も、ここで見ることができます。

 博物館の近くには「大峰山龍泉寺」があります。
その昔、大峯開山役行者が大峯修行のときに、洞川の岩場から水が湧出る泉を発見します。
この澄みきった泉に八大龍王尊を祠り水行をしたのが、龍泉寺の興りです。
寺と言えば飾り気のない木のそのままの姿が時代とともに黒光りするイメージがありますが、ここは違います。
本堂は、正に神社を思い出させるような鮮やかな朱色の装飾がされています。

 そして境内には木枠の中に丸い石が置かれています。
これは「なで石」で、願いを込めてこの石を持ち上げ、軽く感じる時には願いが叶うと言われる不思議な石です。
上下にふたつの石がありますが、どう考えても下の石の方が大きく重いのです。
願いを叶えたいときは、上の石を選ぶべきですね。

 その後は再び旅館街に戻ります。
水が豊富な「洞川温泉」では、自家製の豆腐も自慢の品です。
食堂に入り、豆腐定食を注文します。
大ぶりの木綿豆腐に醤油をかけ、これをおかずにご飯をいただきます。
鮎の甘露煮や野菜の煮物もついていて、意外とお腹が膨れたのでした。

 そして「洞川温泉」と言うからには、温泉に入らない訳にはいきません。
「洞川温泉センター」には、吉野杉を使った風呂でゆっくりと身体を休めることができます。
本来は旅館に泊まっていきたいところですが、コロナ禍で人ごみが怖い今、ここで休んで帰宅することにします。
その代わり、自分への土産を買って帰ります。
良い水があるということは、美味しい酒があるはずです。
大峰山の地酒を買って帰ることにしました。

   
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