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[旅の日記]

西宮 酒蔵巡り 

 今回は、西宮の酒蔵巡りです。
灘と同様に、六甲山の湧水が豊かで、昔から酒造りが盛んでした。
そんな酒蔵を訪れます。

 酒蔵に行く前に、阪神電車の久寿川駅近くに面白い店があると聞いていました。
駅から程近いところの住宅街の中に、目的の店はあります。
最初は通り過ぎてしまい、目の前にあっても気付かないくらいです。
小さな店には既に2組の客が居て、いっぱいです。
売っているのは、和ろうそく。
小さめのろうそく1本1本に、繊細で鮮やかな絵が描かれています。
久寿川の来て、このようなものを見ることができるとは、思ってもいませんでした。

 国道43号線を越えた先には清酒メーカの看板が見えていますが、はやる気持ちを抑えて浜の方に向かいます。
潮位が高くなると閉まる鉄門の先に、「今津灯台」があります。
この灯台は、大関酒造の長部長兵衛が、1810年に私費を投じて建設しました。
米や木綿に混ざって、上方から江戸への輸送に欠かせないのが、ここ西宮や灘の酒だったのです。
やがて酒だけを専用に積み込む「樽廻船」が出現してくるのです。
歴史ある木造灯台ですが、実はいまだ現役なのです。
正式名称は「大関酒造今津灯台」で、今も西宮の航路を守り続けています。

 ここで、少し駅方向に戻ります。
大関の工場を越えて、今津町学校の敷地内にあるのが「今津六角堂」です。
1882年に校舎として建てられたもので、松本の開智小学校に次いで古いものです。
空襲や震災にも耐え、今に残っています。
そして今でも、一部は校舎として利用されています。

 さていよいよ、酒に関係するところに行きましょう。
「今津六角堂」の西側、目と鼻先に、「関寿庵」はあります。
1711年創醸の大関が出す店舗で、酒とは違い甘いお菓子を置いています。
大関の吟醸酒を使用した酒饅頭が、ここに売られています。
これはと、お土産に買って帰りました。
(帰ってから食べたのですが、酒の香りと甘さ控えめのあんこは、上品な味ですごく美味しいものです。もっとたくさん買えばよかったと後悔するぐらいの絶品の品です)

 今通っている道が「酒蔵通り」です。
その「酒蔵通り」を、西に進みます。
次は「日本盛」の工場が見えてきます。
1889年創業の「日本盛」は、「日本盛はよいお酒」のコマーシャルでも有名な清酒メーカですが、一方では 「米ぬか美人」などの洗顔料も手掛けています。
そんな「日本盛」の「酒蔵通り煉瓦館」を訪れてみます。
2階のホールの前には、簡単に酒のできるまでの説明が掲示されています。
そして1階の売店で、お酒の販売がされていました。
もちろん利き酒もここでできます。
大吟醸のなかでも、他では売っていないという銀のラベルのお酒は、米の味が口いっぱいに広がる最高峰の酒です。
買うかどうか迷ったのですが、これからの散策には邪魔になるので諦めたのでした。

 さらに西に進むと、「木谷酒造」の正門の先に、宮水を汲む井戸が目につきます。
よく見ると、各清酒メーカの井戸が並んで「宮水庭園」を形作っています。
宮水とは、リンが多く鉄分が少ない酒造りに適した水のことを言います。
「西宮の水」が、やがて「宮水」と略して呼ばれるようになりました。
六甲に降った雨が花崗岩でこされ地下水となって西宮に湧き出し、ここ西宮に酒蔵が集まったのもこの良い水に巡り合えたからなのです。
そして有名な灘の酒も、実はこの西宮の宮水を使って酒造りをしているのです。
近くには、宮水が最初に発見されたと言われる「梅の木井戸」と、「宮水発祥の地」の石碑が立っています。

 「白鷹禄水苑」を訪れみましょう。
ここは、「白鷹」の店舗兼レストランです。
「白鷹」は、1862年に辰馬悦蔵が「白鹿」の辰馬本家から分家し興した酒蔵です。
伊勢神宮の御料酒に選ばれるほどの、品質の良い酒です。
建物内には、造り酒屋 北辰馬家に伝わる調度品などが展示されて、自由に見学することができます。

 それでは、「白鷹」の本家の「白鹿」に向かいます。
「白鹿」は、1662年に初代辰馬吉左衛門が西宮の邸内に井戸を掘ったところ、湧き出る水の良さに感銘し酒造りを始めたとされています。
創業1662年の老舗中の老舗で、高級酒「黒松白鹿」の名でも有名です。。
その後掘り出した井戸水を、広く販売し始め西宮・灘を不動の清酒地帯に育てていきます。
そんな酒造の歴史を物語る「白鹿記念酒造博物館」があります。
2つの建物から成り、そのうちの「酒造館」では酒の製造工程が酒樽とともに展示されています。
また道路を挟んで反対側にある「記念館」では、笹部新太郎の桜の植林を進める様が展示されており、彼の桜に対する情熱が伝わってきます。
もちろん、酒器などの展示も行われています。

 「記念館」の正面駐車場の先に、明治時代を思わせる西洋風のモダンな姿の建物があります。
辰馬喜十郎の住居だったところで、神戸の英国領事館を模して造らせたと言うことです。
煙突を要する白壁2階建ての建物は、正面から見ると周りを円柱の柱で囲まれ、外壁との間は廻廊になっています。
玄関と窓はアーチ状で、気品の高い洋館の雰囲気が漂っています。
辰馬喜十郎は、先に紹介した辰馬吉左衛門の四男で、十代目当主であったことから「十」が名前に付いています。

 ここからは再び海側に向かいます。
「西宮マリーナ」では、「西宮大橋」をバックに多くのヨットが停泊しています。
一方、都会のオアシスとなっている「御前浜」では、ウィンドサーフィンが風になびいています。
前の人工島には高層住宅、後ろが緑豊かな六甲の山々、そんな中に海面のさざ波に陽がチラチラと反射する様を眺めて、しばらく砂浜にたたずみます。

 ここを訪れたのには、気になっているものがあるからです。
気になっていた「西宮砲台」は、海岸の最も陸側、堤防の前にありました。
所々にのぞき窓となる空間があるだけの巨大な円柱状の建物は、大坂湾の海防のために幕府が1866年に造ったものです。
ここ御前浜だけでなく、和田岬砲台や舞子砲台などとともに、建設されました。
御影石による三層構造の頑丈な建物です。

 ここまで来たのですから、「西宮神社」に寄らない手はありません。
阪神西宮駅を目指して、北上します。
国道から1筋離れたところに表大門があります。
実はこの門の先が旧国道で、当時は国道を進めば「西宮神社」に辿り着く、いわば神社の参道になっていたのです。
「西宮神社」は全国のえびす神社の総本社にあたり、ここ西宮では「西宮のえべっさん」として親しまれています。
1月10日の「福男選び」は有名で、表大門の前に集った人達が午前6時の開門と同時に本殿を目指して我先に駆け出し、1着になったものがその年の福男になるという神事です。
朱色に飾られた本殿は、商売繁盛を祈る人の波が途絶えません。
そしてさすが酒の本場だけあって、各社の酒樽がずらりと奉納されています。
境内には庭園もあり、神池には島は配置されています。
この島と拝殿をむすぶ橋が「瑞寶橋」で、辰馬悦叟が製作をし2代目辰馬悦蔵が今の姿に完成させたのでした。
本殿横の社務所は休憩所にもなっており、ここに全国から寄せられた戎さんのお面や置物が奉納、展示されています。

 酒蔵を巡り、海運業盛んな側面にも触れ、普段とは違った西宮を見ることができた1日でした。

   
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